【自己紹介】カイゴが介護を目指した理由【動機】

はじめまして、カイゴ(25)です。

今日は僕がなぜ介護を目指したのか簡単にお話したいと思います。

つまんない話になるので読むなら気を付けて下さい!笑

 

僕が介護に至るまで

僕は昔からおばあちゃん子でした。

小学校5年生辺りまで一緒にお風呂に入っていましたし、一緒に布団で寝ていました。

大好きだったばあちゃんですが、僕とのケンカは日常茶飯事。

今考えるとわがままばっかり言って困らせていましたね笑

そんな僕も成長し、大学時代は4年間一人暮らしをして実家は年に1,2回程度しか帰りませんでした。

しかし、あることが理由で僕は大学を留年し、2回目の4年生は実家から通うことになり家に戻りました。

・・・そうなるまで、僕は何も知らなかったのです。



実家に戻るといつもの家族がいつものようにいました。

父は工場で働き、母はパート、叔父(また話します)はニート、ばあちゃんは家でテレビ。

何も変わらないいつもの家族、そう思っていました。

でも、一人暮らしをしていたこの4年間で少し事情は変わっていたようです。

 

夜、12時頃になるとばあちゃんが家の中を徘徊していました。

昔のように洗い物の片づけをしているようでしたが、ばあちゃんの筋力は落ちて皿を落としたりコップを落としていました。

 

朝になるとキッチンの周りには割れたガラスの破片が散乱していました。

母に聞くと、僕が一人暮らしを始めてから少ししてから徘徊をするようになったようでした。

 

そう、ばあちゃんは『認知症』になっていました。

 

僕も含め、家族はばあちゃんを鬱陶しく思っていました、あんなに好きなばあちゃんだったのに。

夜になると皿やコップをカチャカチャと音を立てて片付けはじめ、まだ濡れている食器もおかまいなく棚にしまう。

2~3日に1度は必ず食器を割って朝片付けるのも一苦労。

家ではケンカばかり絶えませんでした。

 

しかし、家族の誰一人とばあちゃんが認知症だと考えもしませんでした。

むしろ認知症という言葉も知らなかったのかもしれません。

そんな時に僕が就活の時期になりました。

 

1回目の4年生の時は服飾関係の会社が良かったのですが、面接を受けた企業からは企業説明会で聞いた内容とは違うことを任されようとしていました。

なのでその企業を断り、自分は本当は何がしたいのか考え始め、いわゆる就活浪人として2回目の4年生を送ることを選びました。

ずっと何になりたいか迷っていた僕でしたが、ばあちゃん孝行が出来れば、認知症の理解が出来ればとの想いで介護の道に進むことを決めたのでした。

 

 

すごいざっくり説明しましたが、やはり認知症の人が身の回りにいなければ知る機会も理解することも出来ないと思います。

実際に家族にいてもただボケただけでしょって簡単に済ませてしまいます。

この経験を通して、もっと多くの方の認知症への理解が必要だと思いました。

介護の仕事を辞めたとしても、自分の両親や妻や夫が認知症になった時にいざという時に大変役に立つものだと思います。

よかったらあなたも介護を始めてみてはどうでしょうか。

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